2026年診療報酬改定で「説明可能な見守り」を考える ― アラームを「線」で捉えると、看護配置の柔軟化が可能になる ―
- MEGTAR_PR
- 7 時間前
- 読了時間: 6分

これまでの連載では、説明可能な見守りを成立させるために、判断が変わって初めて、業務や評価の議論ができるようになることを整理してきました。
前回の記事では、判断支援アラーム情報が整うことで、不要な訪室が減る、優先度が共有しやすくなる、夜間帯の判断負荷が下がる、といった変化が起きることにも触れました。
ただし、ここまでは主に看護師個人の判断や業務にフォーカスした話でした。では、その先に見えてくる世界は何でしょうか。
判断が安定してできるようになったとき、病棟全体の「人の動かし方」そのものは変えられるのか
今回は、この問いに踏み込みます。
アラームを「点」で見ている限り、配置は変えられない
多くの病棟では、今もなお、アラームが鳴る → その都度、人が動く → 忙しさは局所的に偏る、という構造から抜け出せていません。
なぜなら、アラームを「点」でしか見ていないからです。
一つひとつのアラームを「この瞬間に何が起きたか」という単発事象として扱っている限り、
どの時間帯に負荷が集中しているのか
どの患者群で判断が難しくなっているのか
どの病棟が“静かだが不安定”なのか
といった、配置判断に必要な構造は見えてきません。
結果として、「念のため、厚めに人を置く」「夜は一律に厳しめに見る」という安全性を重視した配置がとられます。
その配置が「なぜ必要なのか」を言語化できないため、合理的に説明できず、柔軟化もできないのです。
アラームを「線」で捉えた瞬間、景色が変わる
一方で、アラームを次のように捉え直すとどうでしょうか。
実測値の推移
アラームの発生頻度
アラームの継続時間
患者ごとの傾向
それに対して、どの判断が行われたか
これらを時間軸上の「線」として見る。すると、次のようなことが見えてきます。
この患者は、どの時間帯に判断負荷が集中しているのか
この病棟では、どの時間に「様子見」が成立しているのか
逆に、人を厚くすべき瞬間はどこか
これは、個々のアラーム対応を超えた話です。判断の流れそのものを可視化する視点です。
看護配置は「人数」ではなく「判断負荷」で見る
従来の配置議論は、ほとんどが、患者数、重症度、基準看護配置といった、静的な指標に基づいてきました。
しかし、アラームを線で捉え始めると、次の指標が見えてきます。
今、判断を要する患者は何人いるのか
判断が継続的に必要な状態か
判断の難易度は高いのか低いのか
配置議論が、「いま、この時間帯に何人必要か」ではなく「どこに、どの判断力が必要か」という、判断リソースの配分問題に変換できることがわかります。
ダイナミック・スタッフィングという考え方
ここで私が提唱したいのが、メジャーリーグの内野シフトに近い発想です。
打者によって守備位置を変える。
野球がお好きな方なら見慣れた光景でしょう。
これは単に守備位置を動かすという話ではなく、「どこに判断力を置くか」を状況に応じて変える、という考え方です。
よく考えると、看護配置も同じです。
患者や状態によって、人の配置を変える。
つまり、
・判断が集中している病棟・患者群には厚く
・安定している領域は「見守り」に寄せる
という、動的な配置が可能なのではないでしょうか。
これは、
人を増やす話ではありません。無理に減らす話でもありません。
「判断負荷に合わせて配置をずらす」という話です。
MEGTARで、すでに見え始めているもの
ここで重要なのは、これは将来構想の話ではない、という点です。
MEGTARではすでに、
実測値の傾向
アラーム発生数の推移
アラーム継続時間の傾向
を、患者別・病棟別に把握することができます。
これらを重ねて見ると、
「この病棟は常に忙しい」のではない
「この時間帯、この患者群で判断負荷が跳ね上がる」
といった「凹凸」が、はっきり見えてきます。
つまり、「人手が足りない」「忙しすぎる」という感覚論ではなく、
「ここに判断と対応が集中している」
という説明が可能になり、看護配置の柔軟化を議論できるようになるのです。
ただし、ここに「一般解」はない
重要なのは、このダイナミック・スタッフィングに全国共通の正解は存在しないということです。
病院の規模、病棟の性格、夜間体制、看護師の裁量、医師との連携等で
どこを厚くするのか
どこを省略できるのか
はまったく変わります。
つまり、すべての病棟で同じように成立する話ではありません。急変が頻発する病棟や、そもそも医療機器をほとんど使用していない病棟では、アラームを起点に配置や判断負荷を議論すること自体が難しいでしょう。
一方で、医療機器を装着しているものの、状態としては比較的安定している患者が一定数存在する病棟では事情が異なります。
こうした病棟では、
アラームは日常的に発生する
しかし、その多くは「即時対応が必要とは限らない」
だからこそ、判断の積み重ねが業務負荷や配置感覚に強く影響する
という構造があります。
説明可能な見守りや、看護配置の柔軟化に対する要望が最も大きくなるのは、まさにこの「安定しているが、判断は必要」という層を多く抱える病棟なのではないかと考えています。
一緒に描くべきなのは「判断の指針」
ここまでの連載で提示してきたのは、管理対象を絞る、判断を支援する、判断を線として捉える、という、見守りを考える際の共通の指針です。
その指針の上で、
どこに人を集めるか
どこを軽くするか
どこを仕組みで支えるか
を決めるのは、各現場です。MEGTARは、その指針を描くための一つの材料を提供する存在にすぎません。
説明可能な見守りとは、アラームを減らすことでもシステムを入れることでもありません。
それは、
判断を説明でき
業務を説明でき
そして、配置の議論にまで踏み込める
状態をつくることです。
アラームを「点」ではなく「線」で捉えられたとき、見守りは初めて、看護体制そのものを考える道具になり得ます。
その先をどう描くか。MEGTARも、一緒に考えていきたいと思います。
特集:2026年診療報酬改定で「説明可能な見守り」を考える
第4回:2026年診療報酬改定で「説明可能な見守り」を考える ― アラームを「線」で捉えると、看護配置の柔軟化が可能になる ―
